例えば、雇用環境の悪化、年金不安、将来への蓄え また、経済的・時間的自由を求めて ネットワークビジネスはローコストで参加できる 有効な手段ですね。
阿修羅さんより転載
その国の文化を構成するのは衣・食・住だが“性”もまた同じくらい重要だと考えている。
信じられないことだが、日本ではつい100年ほど前まで「夜這い」が公然と行われていた。しかも10歳前後のウブな少年少女を、近所のおっちゃんおばちゃんが筆下し・水揚げしていたというのだから衝撃的である。
アグネス・チャンさんが聞けば卒倒して、サルケダモノ野蛮人エテ公とあらん限り罵倒してくれるはずだ。
これから紹介するのは知る人ぞ知る名著、赤松啓介氏の『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』(ちくま学芸文庫)である。読まれた方はご存じかと思われるが、いやはやすごい本だ。なにがすごいかというと、解説の上野千鶴子氏も評するように「わしが実際に体験した」という語り口だろう。赤松氏は明治末期の生まれで、ぎりぎり日本に残っていた「夜這い」文化に触れることができた。いわば“生き証人”であり、その関西弁から繰り出されるオ○コ、チ○コの話は極めて卑猥・・・失礼、生き生きとしており、読む者を引きこませる。スケベじじいの武勇伝が学術的資料になるなど、まったく長生きはしてみるものだ。
この本はバラバラに発表した文章をまとめたものなので、重複も多くやや冗長でもある。ここではいくつかのテーマに分けて短くまとめてみたい。またオリジナルを尊重したいので、ボカシ・モザイクいっさいなしの無修正とする(笑)
では古き良き(?)エロチック・ジャパンにみなさんを案内しましょう。
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●「夜這い」とは?
夜這いとはなにか、これがなかなか難しい問題である。一般には夜這いを、古代に男が女の家へ通った「よばう」民俗の残存という考え方が多い。国文学関係の研究者に多い考えだが、それでは古代から中世、近世をどのように経過してたどってきたのか、それがわからない。古代から、中世、近世を飛び越して、近代に復活したと考えるには無理がある。今の資料で見ると徳川時代には広く夜這いが行われていた。しかし中世の情況が明らかでない。戦国時代にも行われていたようだが、その実況は明らかでない。
徳川時代の法令、藩法、郷村規約などでは、しばしば夜遊びや夜這いの禁令を出しているが、それは婚姻制的な強制ではなく、風俗的な取締りというべきものにとどまっていた。
明治政府は、一方で富国強兵策として国民道徳向上を目的に一夫一妻制の確立、純潔思想の普及を強行し、夜這い弾圧の法的基盤を整えていった。そして、他方では資本主義体制の普及と発達のため、農村、とくに貧農民を農村から離脱、都市に吸収して安価な労働力として提供し、農村では小作農として定着、地主の封建的地代の収奪を強行させ、地主対小作の対抗を先鋭化させた。こうして都市や新興の工業地帯の性的欲求のために遊郭、三業地、淫売街などの創設、繁栄をはからざるをえない。そうした資本主義的性機構の発達によって巨大な収益を期待した。
これに対して農村地帯で慣行されている夜這いその他の性民俗は、非登録、無償を原則としたから、国家財政に対しては一文の寄与もしなかった。
(p74―p75)
日本の農業は、戦後の一九五〇年代に完結した機械化、化学化によって第一次産業としての様相を激変させてしまい、それ以前のように宗教や信仰との密接な関係を失ってしまった。
(中略)
特に、田植え前後は肉体的な作業が集中した。苛酷であっただけにまた一面では極めて娯楽的な要素が盛り込まれていた。大田植え、花田植えのように歌舞音曲を伴奏させながら作業することもあったが、一方で手軽に求められることとなると、男と女の肉体の相互交換、利用ということにならざるをえない。
(中略)
共同田植えになると、手甲脚絆の早乙女が一列に並んで作業をはじめるから、お互いに競争心理もあるし、一人だけ休止するわけにもいかないので、疲れをまぎらわせるために、いろいろなワイ談をしたりして笑わせて元気を出す。殆どは夜這い話や若衆たちの評判、イチモツの品定めである。あげくのはては、若衆の取り合いにからんで泥水をかけ合ったり、水田に苗を投げ入れる十二、三のナエモチの男の子が可愛ければ、田の中に引き入れてマタに手を入れたり入れさせたりして相手がびっくりするのを楽しんだ。
(p20―p21)
夜這いによっていろいろの女と交渉が生まれるけれども、お互いに好きになるのにはアジワイが合わねばならぬ。モノの大小というだけでは永続性がなかろう。そこで昔の夜這いでは、年上の娘、嬶、後家などがそのアジワイを若衆に教育し、壮年の男たちは水揚げした娘たちを訓練したのである。それほど完全な性教育が行われ、かつ成功したかどうかは疑問だが、夜這いを介して父兄や母姉たちが自分の娘や息子、弟姉の筆下しや水揚げを依頼する場合があり、そんなときはただ単に性的技巧が上手だからというだけで相手を選別せず、人間的にも信頼できる人物に頼んだのは事実であった。
(p22)
僕のムラでは、数えの十五になると男はみんな若衆宿に加わった。季節は正月の八日から十日で、小さいムラなら二、三人、大きいムラでも五、六人という数だった。
若衆宿というのは、いわばムラの現役兵で、成員は人口が多ければ十五歳から二十五歳、結婚すれば卒業となったが、小さいムラだと十三歳から三十歳、四十歳の既婚の男が加わることになる。ムラの共同作業に出て力仕事をしたりするわけだけれども、夜になると小さい寺のお堂や店屋の前に集まって遊ぶ。
(中略)
夜這いはだいたいこの若衆入りと同時にはじまり、若衆入りの際の相手はどこでも後家さんが主体だった。後家さんが足りないと四十以上の嬶が相手をしてくれることになる。相手を選ぶクジをして、年長者がいろいろ教え、一緒に同行したり一人で行かせたりするのだが、ムラによってはすぐには夜這いをさせないところもあり、年長者について行って、ゾウリを持たされて外でじっと待たされる期間が続いたりする。運が悪いと一年たっても下足持ちという者もいて、親が他の若い衆たちに早くさせてやって、と頼むことになる。
(p23―p24)
さあ夜這いとなると、すでに経験済みの者は、どんなオバハンに当たるやろかと楽しみだろうし、未経験者は、さてどんなことやらと嬉し、恥ずかしで胸ワクワクである。年長者の方は、あの後家ハンに当たったら怖いぞ、気に入なんだらハジキ飛ばすぞ、などと脅した。
(中略)
若衆入りの晩や、その二、三日前ぐらいからヘンズリもやめて精を溜めとかんとあかんというのと、その前に出しておかんとあかんという両説があって、僕たちは先輩の「口伝」に頼るしかなく、どっちしようかと迷ったものだが、だいたい精を溜めるという方が有力だった。素人判断で溜めておく方が長持ちするだろうというだけのことであった。
小学校や中学校の修学旅行のように、とにかくガヤガヤ、ワアワアとするうちに一夜が明けると、なんやこんなもんであったのかという不満派、こんなにええことやったんかという歓喜派が生まれた。どっちにしてもタコ、キンチャクの美味、快悦を求めて一生放浪しなければならんこととなる。
(p25)
かくして、だいたい若衆入りから夜這いははじめるのであるが、やり方、相手などは字ごとに実に多様である。
後家や嬶だけじゃなくムラ全体の女を開放しているところもあるし、また、娘と後家、女中とかだけを開放しているムラもある。
(中略)
娘が気に入っている男が当然のことながらいたわけで、昼間、娘の方から松葉を紙に包んで相手に渡して誘うこともあった。
(中略)
その一方で、気に入らない男の足音がすると、きっちり戸を閉めてしまう。男の方は、戸に小便をかけて開けようとするが、どないしても開かない。スゴスゴと帰るしかなかった。
(p29―p31)
夜這いにもいろいろの方法や型があり、ムラ、ムラで違う。
(中略)
若衆仲間と娘仲間との相談で、一年間をクジその他で組合わせるムラがあり、また盆、祭りなどに組合わせるムラもある。こうしたムラではクジで決めると絶対に変更しないムラと、一か月とか、三か月すんで変えられるムラもある。そのときに酒一升とか、二升つけるムラもある。また若衆と娘とが相談して順廻りにするムラもある。これであると娘に通う男は一夜、一夜で変わるわけだ。病気や他出で行けないと、次の男が行き、行けるようになれば、次の晩から入る。ムラの女なら娘はもとより婆、嬶、嫁でも夜這いしてよいというムラでは、嫁、嬶など旦那のある者は、旦那の留守に限るというムラが多く、その日の夜から夜這いに行ってもよいムラ、三日留守、五日留守したら行ってもよいムラとがある。
(p80―p81)
さて、ムラによっては若衆仲間と娘組が相談し、あの子は気が弱いから、この娘がよかろうとか、あの子が気が強いから、あの姉さんがよかろうなどと親切に組合せを考えたり、夜這いの夜を定めたりして、筆下しさせた。こうしたムラでは初めて夜這いしたとき、娘さんに誰の息子の某ですと挨拶して手拭いを差出すのもある。そうして十分に教育がすむと他の娘の家へも夜這いさせたり、馴れてくると勝手に好きな娘へ自分の好みで夜這いするようになる。
(p83)
しかし、すべての男と女とが慣習通りにメデタシ。メデタシになるわけではない。とくにいろいろの障害者の人たちにとっては、昔のムラも、生きるのに難しかったと思う。
(中略)
障害者たちに肉親の人たちが性教育をして一方が妊娠したというハナシは多い。
(中略)
ハンセン病者では旅へ出た人が多い。知能障害などの場合は都市へ出ていくものが多いようで、スラム街などで夫婦同様の生活をすることもある。
(中略)
このような人たちにも、生きて、結婚もできるという社会にし、性教育もするのが、われわれの作業だろう。そうした社会への展望も持たないようでは「性教育」などムリだ。「性知識教育」など、いくらやったところで、こうした基本的な問題には触れないだろう。
(p83―p84)
● ムラの仲間組織
ムラの子供は宮参りすると子供組に入り、だいたい十三か、十五で若衆組に編入された。したがって十二か、十四の子供が子供組のカシラになった。十二か、十四の子供が三、四人も居ると、お互いに選挙して「子供大将」を決めた。子供組としては共同の遊び場所を決めたり、ムラの行事や祭りに参加し、いろいろとカネを集めたりして運営の費用にした。女の子は女児組を作るムラもあるし、男の子と共同するムラもある。子供組は子供大将に指揮されて行動する。ムラのオトナたちは子供組の自治には干渉せず、殆ど子供の自由にまかされる。これが現代と違う大きな特色である。
ムラによって多少の違いはあるが、だいたい男は生まれて十二か、十四までが子供組。それからだいたい二十五か、結婚するまでが若衆仲間。若衆仲間はムラの行事、祭り、水喧嘩などには中心となって活動する現役兵であるから、大きいムラでは二十五か、結婚すると仲間から出るが、小さいムラであると三十五、四十ぐらいになっても出られないムラもある。
(中略)
女は十三ぐらいで初潮があると「娘仲間」に入る。娘仲間は「姉さん」を頭にして若衆仲間と交渉したり、共同作業をする。だいたい初潮があると夜這いの相手にされるが、ムラによると十五、十六になって陰毛が生えるまでは許されないのもある。
(p44―p45)
● 男の「筆下し」
ムラでは十三歳にフンドシ祝い。初めて白布またはアカネのフンドシをする。このときオバとか、年上の娘から性交を教えてもらう。十五歳になると若衆入りで、すべての男が年上の女や娘から性交を教えてもらう。いまの若い男どもは、夜這いですらウソなどと教えられ、結婚まで童貞が理想と教えられかわいそうだ。
つまり、ムラでは十三か、十五になると公式に性交教育を受け、後は夜這いで鍛錬した。ただ十三、十五というのは公式の儀礼で、その人たちによって違うからが十にもなると女や娘たちが性交を教えるのもある。私は十から教えられ、十一で射精、十二、十三ぐらいになってフロや泳ぎで他の同年の仲間と比較、太くて大きいのにびっくりした。
(p54)
夜這いの盛んな時代ではオトコもオンナも初交が早い者も多かった。もう共同風呂をやっている家の子供であると、フロから出てくると次に入るオバハンが待っていて、お前もうチンポ大けなったやいか、見せてみい、とつかまえて、つかんでしごいてくれた。チンポむかれて、痛い、痛いと泣くと、ようむかんと嫁はんもらわれへんぜえ、とまたむいて、しごいてくれた。
(p58)
若衆入りすると一人前の村人として認め、土木工事や農作業などに出ても一人前の賃金を払った。また女との交際、女遊び、夜這いも公認された。また結婚もできる。悪いことをすれば大人なみに処罰されるし、責任もとらされる。
(中略)
ムラにはたいてい神社、寺院があり、他に仏堂や庵寺(尼寺)のあるのも多い。この独立の仏堂や庵寺はムラ境とか、墓地の端に多く、ムラの住居地域からは離れている。
新入りの若衆を多くの地方では「日の出」という。その日の出たちを夜、六時頃から仏堂に集める。ムラでは人数だけの後家を集めるが、足りないと四十ぐらいの嬶がクジとか、順廻りで出る。
(中略)
だいたい夕食が終ってから堂へ集まり、人数が揃うと堂を閉めてしまう。冬だから堂内は真っ暗くなり、僅かに本尊の前の大ろうそくだけが輝く。その前で後家さんたち五名、若衆五名がクジを引く。クジの決め方はいろいろでムラによっても、その年の人数でも変わる。
(中略)
ただし当たった女と若衆が一年間、ずっと関係するかどうかは、お互いの好みによるわけで、決められていない。人数が少ないとジャンケンやヒモを引いたりして決める。しかし、これだと母子を避けたり、好きな子をとったり、インチキできるそうだ。イヤ、そんなことは絶対にしないと堅い後家さんもある。しかし、だいたい後家さんも、新入りの若衆もわかっているのだから、あの後家さんならええとか、あの若い衆が欲しいなどと思うのは当然だろう。
(中略)
とにかく堂が閉められ、組合せが決まるとならんで般若心経を二回唱える。後家さんたちが当たった若衆に暗唱できるよう教育する。
(中略)
御詠歌がすむと、お前らは外で小便して来い、ようしぼって出すんやぞ、と若衆たちを追い出す。
(中略)
若衆を追い出すと女たちは掃除をして、フトンを敷く。五組ぐらいで満員である。すむと若衆たちを呼び入れて組になってネヤに入る。たいてい南、無、阿、弥、陀の順にするようだ。入ると女が男を抱きよせてやる。オバハンのとこ、柿の木ありまっか。あるぜ。この間に女は帯をといて下半身を裸になる。よう実なりまっか。よう、なるぜ。サア、見てんか。いうてもなかなか手を出さないそうだ。そこで男の手をひっぱってお乳をにぎらせたり、さすらせたり、吸わせたり、女は教育に忙しい。すでに女の経験があるかどうかすぐわかる。男はわしが上がってちぎってもええか。サア、はよ上がってちぎってと、チンポをにぎって上がらせ、内へ入れさせる。
書くとこんなになるが、初めての男だと、いろいろ手間がかかるらしい。女の方も初めての男を喜ぶのもあるし、イヤがあるのもあるそうで、なかなかうまいこと当たらんらしい。隣は激しくピストンしているのに一向に、立たんのもあって、こんなのに当たると困るそうだ。お隣の情況に気をとられるのもあり、アホ、横見てんと気入れんか、と叱ったり、大変らしい。
(中略)
ともかく第一工程が終わると一休みして、お茶になる。それから第二工程に入り、いろいろと高級技術の伝授になった。だいたい後家さんだからチャンスをやるらしい。最も困るのはインポで、後から自宅へ通わせたのもあるそうだ。マジメな子供だと、母親が心配していろいろ試験管に頼むのもあり、うまくすむとヤレヤレというのもあるらしい。
(p63―66)
● 女の「水揚げ」
女の月経は、つまり初潮はだんだん早くなり、もう九つ、十になるとあるらしいが、徳川時代から明治頃はまだ「秘蔵娘も、はや十三や豆がはじけて月を見る」といい、十三ぐらいであったらしい。古くは初潮があって行事をしたのだが、十三の誕生日とか、ヒナの節句などにやるムラもあった。初潮があってからだと個人的になり、その家の行事になるが、一定の日に限ると、ムラの女の子は、その日になれば自動的に娘になる。これは娘宿の残っているムラに多かった。
(p69)
初潮があってしばらくすると母が娘を連れて水揚げの依頼に行く。だいたい午後に、ムラでも水揚げが上手で人柄もよい人とか、他所のムラの親類の長老などへ相談の上、訪ねていく。酒一升とか、白布一反とかいろいろ決められている。巧者で、末長く相談相手になれるような人を選ぶ。若い道楽者はダメだ。
(p71)
ムラの若衆たちが夜這いにくるムラもあるが、娘仲間が管理しているムラであると「十三と十六 ただの年でなし」「十六の 春からひえを 蒔いたよう」というわけで初潮だけでは一人前と見ない。ひえを蒔いた状況、つまり陰毛の生育状況を検査して合、不合を決めるという合理的なムラもあった。こうしたムラでは若衆頭が娘の希望を聞いて好きな者や熟練者に水揚げさせる。
しかし断っておくがこんなムラばかりではなく、若衆たちがクジビキその他で決めたり、早い者勝ちというのもある。
(p72)
● 結婚
したがって結婚生活というものを固定的なものとは考えず、男か女かどちらかが別れるといえば、多少のいざこざがあったとしてもあまり騒がないでわかれる。
(中略)
同棲したからといっても必ずしも双方が、相手を性的に独占したわけでも、できたわけでもなかった。
また別れるのも簡単で、離婚のなんのと騒ぐことではなかったから、古い記録を見ても三婚、四婚は珍しくない。めんどうな記録でもそれほどたくさんあるのだから、記録にならない別れや出会いは更にたくさんあったのだ。コドモが生まれたとしても、必ずしも現に同棲している男のタネとは断言できない。しかし同棲している期間中に生まれたコドモは、その男の子として育てられる。
大正の初めには東播あたりのムラでも、膝にコドモをのせたオヤジが「この子の顔、俺に似とらんだろう」と笑わせるのもおった。夜這いや雑魚寝、オコモリの自由なムラでは当たり前のことで、だからといって深刻に考えるバカはいない。
(p215―p216)
● 柳田国男について
日本民俗学の泰斗といわれ、「郷土研究」や「婚姻の話」を著している柳田國男は、僕の郷里から目と鼻の先の出身で、子供のころから夜這いがおおっぴらに行われているのを見聞きしながら育ったはずだが、彼の後継者同様に、その現実に触れようとしなかった。彼らはこの国の民俗学の主流を形成してきたが、かつてはムラでは普通であった性習俗を、民俗資料として採取することを拒否しただけでなく、それらの性習俗を淫風陋習であるとする側に間接的かもしれないが協力したといえよう。そればかりか、故意に古い宗教思想の残存などとして歪め、正確な資料としての価値を奪った。そのために、戦前はもとより、戦後ものそ影響が根強く残り、一夫一妻制、処女・童貞を崇拝する純潔・清純主義というみせかけの理念に日本人は振り回されることになる。
自分たちの倫理観や、政治思想に反するものの存在を否定するなら、そうした現実を抹殺するしかない。農政官僚だった柳田が夜這いをはじめとする性習俗を無視したのも、彼の倫理観、政治思想がその実在を欲しなかったからであろう。
(p33―p34)
ムラの生活では男も、女も比較的早くから性交の経験をするので、いわば初交など道で転んでスネをすりむいたぐらいの感覚であり、貞操を失ったとか犯されたなどと大騒ぎするほどのことでない。
都市育ちや都市化した民俗研究者にはこのへんがわからないので、筆下し、水揚げを大事件だと思い、そういうことを結婚以外で経験するのは国民道徳に反し、君に不忠、親に不孝の最大の罪悪と宣伝する政治屋にだまされ、チンドン屋となって手先にされた。柳田國男はチンドン屋の親方をつとめたが、彼自身はそれを信用するほどバカでなかっただろう。
(p144―p145)
● 教育勅語、キリスト教価値観の浸透
要するに明治二十年から三十年頃に生まれた女性の殆どはマチなら幕末、ムラなら村落共同体の思考感覚で生活しており、明治時代の近代教育ですら殆ど受けていない。家父長制とか、一夫一妻制などの思考方法がなじまないのが当たり前で、夜這いにしてもマチの付き合いにしても、性的交渉を淫風陋習などと感じるはずがなく、お互いに解放する機会があって当然だと思っている。
教育勅語的な思考、処世方法が一般の女性にまで浸透してくるのは、大正も第一次大戦以後であって、明治時代に初等教育を受け、あるいは受けなかった一般の女たち、すなわち「教育勅語」によって汚染されなかった女たちと、「教育勅語」によって汚染された女たちとの間には、明確な人生観、世界観の差ができてきた。同じ明治時代でも、女学校など中等教育、あるいはキリスト教的な教育を受けた女たちは「教育勅語」的汚染に早くから侵され、それをもって新しい女だと勘違いしていたのでその落差は大きく、殆んどのムラではスソナガ、スソヒキなどとよばれ、ムラの女の世界から孤立させられ、僅かに愛国婦人会的組織を通じて連帯するほかなかったのである。
(p213)
● 夜這いの終焉
他の条件としては、都市で店と住との分裂が起こり、店では通勤の女店員に転換、丁稚、手代なども通勤の店員・社員が主力となり、もはやごく僅かな女中、店主が私用のみの昔の女中が残るだけとなり、事実として「夜這い」民俗の基礎が消滅したのだ。ムラでも、女工、女給など都市へ出稼ぎに行く傾向が激しくなり、半季・年季の女中・子守奉公より有利であったから、同じく「夜這い」民俗の基礎が急速に崩れ始めたのである。
山村や辺境のムラに、遅くまで「夜這い」民俗が残ったのは、昭和経済恐慌で辺境や山村まで近代化が浸透しなかったからだ。
(p314)
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赤松氏は「夜這い」を、共同体維持のための知恵だとした。古き日本の共同体では男女の肉体でさえ「共有すべきもの」と考えたのである。
などと難しいことを書いたが、要は赤松氏も言うように、娯楽の少なかった時代、手軽に楽しめるのがセックスだったわけで、それを仲間内で交換しあったのが「夜這い」ということになる。
ムラによってはクジで相手を決めたそうだ。なんとも日本的である。これならハゲでもデブでも、ブス・ブ男でも仲間外れが起きない。現代的な人権思想からすればトンデモない話だが、争い避けるための知恵だと言われればそうも思える(ムラによっては女性から嫌われると戸を閉められたそうだが・・・)
そんな「夜這い」文化も、近代経済システムの浸透によって根底から粉砕されていく。「地租改正」によって多くの自営農民が土地を失い、彼らはムラから都市へと流れ“近代的”賃金労働者となっていった。しばらくはマチでも夜這い文化は残ったそうだが、丁稚・女中といった住みこみの勤務形態から現在のような通勤形態にシフトしていくことで、やがて勢いを失っていった。
こうした物理的条件の喪失と、学校教育による西欧(キリスト教)価値観の刷りこみが決定的要因となり、大正時代あたりから急速に姿を消していったそうだ。戦後も山村などではしぶとく生き残っていたそうだが、高度成長期にもなるとついに日本から消滅した。
このことを知識人と呼ばれる層ほど、天然痘やポリオ撲滅と同じように“文明の勝利”とか“日本人の進歩”などと誇りそうだが、同じ口で「共同体の崩壊」を叫ばれたら、おいおいと言いたくなる。
いわゆる日本の“保守”を自認する人たちのデタラメさもわかったはずだ。彼らはせいぜい、明治以降の『近代日本』の制度・価値観を保守しているにすぎない“進歩派”なのだ。
読売ポダム新聞のナベツネと仲よしの三宅某がうさん臭いのも、たった一世紀前に支配層によって導入された価値観を、さも“日本の伝統”と喧伝し、ほぼ同時期に輸入されたリベラルな価値観と闘うアホくさい三文劇をやるからだ。
これは資本主義と社会主義にも言えることだが、どちらも『近代主義』である。どっちに転んでも利益を得られるように、彼ら(近代国家で利益を得る人たち)は自分たちの都合のいい“選択肢”を用意する。そして国民にその枠内で思考させ、無自覚な隷属状態に置く。
日本の小賢しい官僚機構もこの支配方法を踏襲している。原発推進に自然エネルギー発電という対立軸を“用意”することで、将来の原発再稼働を確かなものにしようという算段である(火力発電と違い、高コストかつ非効率な自然エネルギー利用では原発の代わりとなりえない)
ちょっと脱線したが、私たちは『共同体の崩壊』を憂う前に、ほんの100年前までうまく共同体を維持してきた先人たちの知恵にもっと目を向けてもいいはずだろう。奔放なセックスが解決のカギとは言わないが(笑)、なんかしらヒントを与えてくれるはずだ。
でもいいよなあ、夜這いって・・・
“早死にする人”ランキング 短命にある共通点とは…
http://www.zakzak.co.jp/zakspa/news/20130820/zsp1308201401005-n1.htm
2013.08.20 ZAK×SPA!
★短命には共通点があった![早死にする人]ランキング
長寿大国とは言われているものの、“早死に”というキーワードには、関心が高い日本。実際、生活習慣の変化などにより、その順位は将来、覆されるのではと懸念される声もある。そこで、未来の我々に警鐘を鳴らすべく、短命な人に共通するランキングを出した。当てはまる人は気をつけるべし!
友達や彼女がいない人は短命!早死にしやすい性格とは
http://www.zakzak.co.jp/zakspa/news/20130820/zsp1308201400004-n1.htm
「人の寿命はその人の性格や行動傾向によって大きく左右される」。そんな恐ろしい事実を語るのは、「人と寿命の関係」をテーマに、国内外の科学論文を研究している医学博士の石川善樹氏。いったいどんな性格の持ち主だと、寿命が短くなってしまうのだろうか。
特にサラリーマンは一度就職すると仕事漬けになってしまうため、社内以外の交流がなく、定年後に孤独になるケースも多い。外部に繋がりがない人は、いますぐに趣味サークルにでも入っておきたい。
そして、意外にも「ポジティブすぎる人」も早死にしやすい傾向。
「約90年前から10歳前後の子供たち1600人を対象に彼らの生涯を追い続けるという調査の結果、
無論、ネガティブすぎるのもよくないそうで、ポジティブとネガティブの比率が3対1ぐらいだと適切だと言われているんだとか。
「また、いま注目されているのが、低学歴な人は高学歴な人に比べて寿命が短いという研究。これは低学歴な人ほど社会的地位や収入が低く、他人と比較して、ストレスをためやすいため。世界的にも高学歴と低学歴の人の間には寿命格差が拡大しつつあり、問題視されています。そのほか、周りの友人が太ると寿命が縮まるという研究もあります。これは、友達が太ったのを見ると、『自分もちょっとくらい太ってもいいか』という心理的なバイアスが働くから。肥満は感染するんですよ」
知らぬうちにとっていた行動が、実は自分の首を絞めていたとは。上記に当てはまる人はいまからでも遅くない。ぜひ、改善を。
■医学博士 石川善樹氏 キャンサースキャン・イノベーションディレクター。東京大学卒業後、ハーバード大学大学院で公衆衛生学を学ぶ。社会を健康にするための各種プロジェクトに従事
官僚、広告代理店の営業マン…エリートが早死にするワケ
http://www.zakzak.co.jp/zakspa/news/20130820/zsp1308201359003-n1.htm
過酷な毎日を送る日本のサラリーマンにとって、生活の大部分を占めるのが仕事。それゆえ、職業選びは、人の寿命に大きく影響を与えているという。多数の企業で産業医として働く榛原藤夫氏はこう語る。
「事故が起こりやすい危険度の高い仕事などを除いた場合、職業が寿命と関連する要因は大きく分けて2つあります。ひとつは、『裁量権の有無』。自分で自分の仕事をコントロールできる人ほど、ストレスがないので長生きする傾向がある。もうひとつは、『過重労働・暴飲暴食』。深夜までの残業や徹夜が当たり前の長時間労働や、接待続きなどの過剰飲酒は、当然体には悪い。この2つに焦点を当てた際、一番早死にしそうな職種と言われれば大手広告代理店の営業マンです。彼らは、徹夜仕事は当たり前の超激務ですが、裁量権が少ない。加えてお客との接待で連日大酒を飲むことも珍しくない。給料やステータスは高いものの、体には負担ですよね」
「どちらも長時間労働のうえ、給料も低い。下請け会社のSEは基本的に親会社のムチャぶりには逆らえないし、店長も、結局は雇われなので裁量権はほぼありません」
そして、意外なランクインを果たしたのが「若手官僚」だ。
「官僚はエリートで好待遇のイメージがありますが、それは年長者だけ。基本は年功序列の縦社会なので、若手は給料も安いし深夜まで働かされるのが通例です。実際、某省庁では入省した若手20人のうち、3人が10年以内に自殺したというデータもあります」
また、上記2つに加えて「勤務時間が不規則」な職業も、かなり寿命に影響を及ぼすという。
「不規則な生活は、当然、体に害です。つまり、毎日ではなく、不定期に夜勤があるような仕事は健康に負担です。たとえば、病棟勤務の看護師、会社勤務のタクシー運転手や長距離トラック運転手。彼らは数日に1回は夜勤があるので体内リズムを崩しやすい。さらには、どちらも上から管理される仕事なので、裁量権はなし。CAの仕事も大手なら好待遇だしフライトとフライトの間には休みも取れますが、LCCのCAは経費削減のため、給料は低いし連日フライトが入ったりとかなりのハードワーク。命を削っていますよね」
いかに社会的ステータスや給料が高くとも、体を壊してしまえば意味がない。上記以外の職業に就いている人は、健康という側面では「勝ち組」なのかもしれない。
■産業医 榛原藤夫氏 社員の健康管理を専門とする産業医。外資系を含む10社以上の企業で従事。うつ病で休業中の社員のサポート、企業の健康障害におけるリスクを低減させるアドバイスを行う
白米よりカタカナ主食の常食がヤバイ!早死にする食生活
http://www.zakzak.co.jp/zakspa/news/20130821/zsp1308211401003-n1.htm
「ここ数十年における日本人の食生活の変化が、我々の寿命を縮めている」と警鐘を鳴らすのは、フーズアンドヘルスの幕内秀夫氏。いったいどんな変化が起きたのか。
「それは、『白米を食べない人』。最近、非常に増えていますが、実際は大酒飲みの人でなければ続かないでしょうね。普通の人だったら糖質なしの食事が続けばフラフラになりますから。また、同様に、パンやパスタ、ラーメンなどの
『カタカナ主食を常食している人』も早死にします。カロリーだけなら白米とさほど変わらないかもしれませんが、白米に比べてこうしたカタカナ主食は油や砂糖を多用した料理が多いです。白米の場合、副菜は油などをほとんど使わない煮物や焼き物などが多いので、結果的にヘルシーになるんです」
食品に加え、大きな問題なのは、食べる時間帯だ。
「夜9時以降、しっかり夕食を摂ることです。特に帰宅時間が遅いビジネスマンこそ危ない。そのまま就寝すると翌朝胃がもたれ、それが毎日続くとそれだけ体に負担がかかります。しかも、空腹状態が長ければギトギトの脂ものを摂りたくなってしまうので悪循環。打開策としては、夕方5時くらいにおにぎり1個でもお腹に入れておくこと。それだけで、飲み会や帰宅後の暴飲暴食は防げます」
そして、意外とやってしまいがちなものとしては、「居酒屋などで必ずサラダを頼む」という項目。
健康のためによかれと思ってやっていたことも落とし穴に繋がるということ。一昔前の食生活を見習って、すぐに改善したいものだ。
■管理栄養士 幕内秀夫氏 管理栄養士。フーズアンドヘルス研究所代表。伝統食と民間食療法の研究を行う。著書に『「粗食」で10歳若返る』、『1食100円「病気にならない」食事 実践レシピ』など
寝だめ、鎮痛剤ののみすぎは命を縮める? SEXは推奨
http://www.zakzak.co.jp/zakspa/news/20130821/zsp1308211359002-n1.htm
「好き勝手な生活習慣は危ない」とは、東京女子医科大学准教授の川嶋朗氏。
「私は全体的に寿命を縮める原因に、“冷え”を挙げます。現代人は男女ともに冷えが深刻化しており、それは生活習慣によるものが大きい。当然、冷えると代謝も免疫も落ち、将来、病気にかかりやすくなる。一番、冷えに繋がるのが、運動不足です。そうは言っても運動のしすぎもダメですけどね」
車の利用などで歩く機会は減り、夏は冷房なしでは過ごせない。しかも座り仕事が多い職業ならばなおのこと冷やしてしまう。
「続けて挙げたいのは “休日の寝だめ”。普段、睡眠を取れていないから、休日に帳尻合わせしようとたくさん睡眠を取る人は多いですが、意味がない行為。寝すぎも睡眠不足もどちらも短命という結果は出ており、毎日、バランスよく寝るのがいいのです。ちなみに電気のつけっぱなしは、交感神経を刺激して睡眠を妨害するので禁物」
「市販の鎮痛剤に頼っている人や風邪のときに抗生剤に頼る人も危険です。痛み止めは胃腸が荒れる原因になりますし、風邪だからと病院に行って抗生剤をもらうのはむしろ逆効果。自然治癒がベストです。そもそも日本人は薬好きで世界の抗生剤の7割は日本で消費されている。中毒性があり、その副作用などで、年間の死亡率も増えて問題視されています」
頭痛持ちでついつい薬をのむのがクセになっている人は要注意。
「また、セックスしている人のほうが長生きとも言われています。年をとってもある程度の高揚感があるほうが健康にいいとされるからでしょうね。昨今、言われている草食男子は危険ですよ。もっとセックスしましょう」
んなこと言っても簡単にはいかないのだが……。
■東京女子医科大学准教授 川嶋 朗氏
東京女子医科大学附属青山女性・自然医療研究所 自然医療部門・准教授。著書に『心もからだも「冷え」が万病のもと』(集英社)など
日本の株式市場、急落で危うい?アベノミクスに広がる失望、NISAを煽るメディアの罪
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140411-00010001-bjournal-bus_all
Business Journal 4月11日(金)0時29分配信
「週刊ダイヤモンド」(ダイヤモンド社/4月12日号)は『暴走!日本株 ボロ儲けしたのは誰だ』という特集を組んでいる。「昨年、世界最大の上昇を成し遂げた日本株だが、ここ最近どうも様子がおかしい。株価の振幅は新興国よりもはるかに激しく、世界最悪の乱高下を記録する日も珍しくない。しかも株価は国内要因には反応せず、海外要因にばかり振り回される。その裏でボロもうけしているのは外国人投資家ばかり。暴走する日本株の深層に迫った」という内容だ。
一方、「週刊東洋経済」(東洋経済新報社/4月12日号)は『厳選!! 今買える株 買えない株』という特集を組んでいる。「乱高下が続く日本株だが、『下げ相場』に強い株は確かに存在する。NISAをきっかけに投資を始めた初心者でも安心して買える株はどれか。独自データを駆使し初心者向けの株を厳選した。中上級者向けに『割安株』『リバウンド狙い株』も発掘。初心者NGの株も収録」という内容だ。
実は、ダイヤモンドも東洋経済も、この4月から編集長が代わったばかり(東洋経済は女性編集長だ)。その違いがどのように現れるかと思いきや、テーマが似通ってしまったのは皮肉な話だ。確かに、今年から始まった少額投資非課税制度(NISA)により、個人マネーの市場への流入が続いている。
NISAは年100万円までの投資について、株式や投資信託から得られる譲渡益や配当が5年間非課税になる制度。利用には専用の口座をつくる必要があるため、開始後3カ月で600万強の口座が開設され、(主な証券会社だけで)NISA口座を介した株式や投資信託の購入額は5000億円規模に上っているという(4月8日付日本経済新聞記事『NISA 5000億円流入 開始3カ月、女性が4割』)。
女性の利用も全体の4割を占めている(通常の株式などでは、女性投資家の割合は2~3割だ)。NISA投資家の関心の中心は配当金。「好んで買う銘柄を尋ねたところ、株式では武田薬品工業やみずほフィナンシャルグループといった相対的に配当金の多い銘柄が上位に並んだ。年間の配当額を株価で割った配当利回りをみると総じて3~4%台と高めだ」「投信でも、分配金が比較的多い不動産投資信託(REIT)の人気が高い」(同記事)
●日本の株式市場は、外国人投資家が事実上支配
新年度相場はますますNISAが注目かと思いきや、日本の株式市場の現状は極めて危うい。
アベノミクスで上り詰めた2013年末、日経平均株価は1万6291.31円(年初来高値更新)で終えた。しかし、年が明けると1万6164.01円(1月6日)から乱高下を繰り返し、4月7日終値で1万4724.42円と、いわば"急落"しているのだ。
「年初に市場関係者の多くが口にしていた『4月末までに1万8000円』実現は極めて厳しくなった」(東洋経済)
「下落要因となったのは、新興国経済不安、中国の景気指標悪化と金融システム不安、米国の景気指標悪化と量的緩和政策の動向、そしてウクライナ情勢など。この間、大きく売っていたのはグローバルマクロ型ヘッジファンドやCTA(先物市場で24時間自動売買)のプログラム売買だとされる。彼らの投資行動の基準となる世界の"トレンド"が下に傾いたため、日本株は、機械的に売られていった」(ダイヤモンド)
外国人投資家が事実上支配しているのが、日本の株式市場の実態なのだ。値動きの荒さは新興国並みだ。
「たとえば、3月14日。ウクライナ情勢の緊迫と中国の景気懸念で世界の株式が売られたが、当事者である中国の株(上海総合指数)が0.7%の下げだったのに対し日本株の代表的な指数、日経平均株価は488円安、3.3%の急落となった。今年に入ってからの1日当たりの変動率は日経平均が1.4%。これはウクライナ問題で揺れるロシアの1.4%と同等で、インドの1.0%」を上回る」(東洋経済)
「結果として、日本株市場は世界でトップ3に入る規模の市場であるにもかかわらず、新興国よりもひどい株価の乱高下が横行しているわけだ。男の同僚は『日本市場を先進国マーケットと考えているのは、日本人くらいですよ』と鼻で笑った」(ダイヤモンド)
「今年に入ってNISAで株を買い始めた個人投資家の多くは、外国人投資家がバカスカ売って株価が下がった結果、いきなり塩漬け(損が確定してしまうので、売るに売れない)になってしまった」(同)
●アベノミクスに懐疑的なダイヤモンド、日本株推奨の東洋経済
日本の株式市場が危うい、という点はダイヤモンドも東洋経済も一致している。しかし、ではどうするか? という点で大きく差が出た。
ダイヤモンドは『外国株のプロが初公開する 先進国優良銘柄への投資術』という記事で欧米先進国、経営力の高いグローバル企業への投資を勧める一方で、国内株に関しては、かなり否定的だ。ヘッジファンドではない、中長期の海外機関投資家も日本の外交問題や政治姿勢を懸念しているからだ。
「安倍首相の関心が経済ではなく安全保障に傾いている、とみているため、日本株が割安にもかかわらず買いを入れず、様子見の姿勢になっている」
「"成長戦略に対する期待はすでに剥げ落ちた"というのがほぼ共通見解だ」
「何も成果を見せられなければ、現在はまだアベノミクスに懐疑的な中長期機関投資家の見方も、完全に"失望"に変わるだろう」
このように述べて、安倍政権の経済政策をあきらめ始めている。
一方、全編にわたって、国内株特集になっている東洋経済によれば、なんとアベノミクスが第2幕に入るという。
「日程的なポイントとなるのは6月。政府は6月までに『骨太の方針(経済財政運営の基本方針)』と『成長戦略第2弾(改定版)』をまとめる計画である」「昨年1年間の上昇相場を『アベノミクス相場』と位置づければ、いわば『アベノミクス相場第2幕』がここから始まるのだろう」
今回は安倍政権も本気で、「岩盤規制」に穴を開け始める。仮に消費増税後の景気の落ち込みがあれば、日本銀行が追加の「異次元」金融緩和に踏み切り、下支えに動くという、なんとも楽観的な経済予測の下に、3年後に得する株を推奨し、記事『株式投資 初歩の初歩』『今さら聞けない NISAの注意点』と投資に誘っている。そこまで日本株を買わせたいのかと疑念が生じるが、東洋経済新報社はかつてのドル箱、いまや風前のともしびの投資家のための企業情報「会社四季報」を抱えている。つまり、日本株を買うなとはいえないドグマ(教義、信念)があるのだと思えば納得がいく。
また、ここにきてNISAに関する記事を掲載し始めた日本経済新聞にも触れておきたい。4月7日付同紙「社説」では『NISAを普及させるには』という記事を掲載し、「個人は投資のリスクを避ける傾向が強いとされていたことを考えれば、(NISAは)かなりの速さで広まっているといえるのではないか。これを一過性にせず、個人の資産形成に役立つ制度として定着をはかっていきたい」と書くほど、NISA普及の急先鋒になっている。当然ながら「定着のために、たくさんの広告を掲載していきたい(よって、手数料で儲けたい各社には広告費を出していただきたい)」というのが本音だろう。
経済メディアにあおられて購入し、現在、含み損で塩漬け状態のNISA投資家たちからの怨嗟の声が聞こえてきそうだ。
松井克明/CFP
チリでM8.2の地震発生、日本でも大地震か? 学者が発見した規則「巨大地震の循環」とは?
http://tocana.jp/2014/04/post_3927_entry.html
2014.04.08 TOCANA
4月1日20:46(日本時間2日8:46)、南米チリでM8.2の大きな地震があった。震源はチリ北部イキケ近郊の沖合で、陸地から60Kmほどの近距離で起きた巨大地震だった。この地震により、建物の下敷きや心臓発作などで6人の死者が出た。その後、南米の太平洋岸で津波が観測され、震源に近いイキケでは高さ2メートルに達した。
気象庁は、日本でも高さ20cm~1m程度の津波注意報レベルの津波が3日朝に到達する可能性があるとして津波注意報を出した。その後に、岩手県久慈市で最大60cmを記録したほか、北海道えりも町、茨城県大洗町、仙台市、福島県いわき市などにも津波が到達した。
さて、筆者はGoogle Earth上で世界の地震の震源マップを時々眺めるのだが、3月中旬から、今回の震源周辺で群発地震(狭い震源域において、断続的に地震が多発すること)が起きていた。ちなみに、この1週間で観測した地震は300回を超えていた。
今回の地震に限らず言えることだが、どこかで群発地震が発生した時には、それが大きな地震の前震であるかどうか、注意深く監視する必要があるだろう。
以前の記事で紹介した米国のサイキックであるジョセフ・ティテル氏は、2014年に少なくとも3つの大規模で破壊的な地震が起き、そのうち2つでは大きな津波も伴うと予言していた。その1つは3月末までに起きるとも語っていたが、4月1日に発生したチリの地震は、1日遅れで起きたということになるだろうか。
「体感と霊感」で地震予知を行う主婦リシル氏については、昨年12月の記事でインタビューとともに紹介したが、3月12日のブログ記事では、「海外からもまた強い体感があるよ! 中華人民共和国か南国、ペルーでマグニチュード6クラス」(「risiru-0000さんのブログ」2014/3/12より)と書いていた。ペルーではなくチリだったが、今回の地震の震源はペルーとの国境近くの沖合だったのだ。もっとも、リシル氏が予測した3月12日の3日後の3月15日にもペールのリマ近郊沿岸部でM6.2の地震があり、どちらの地震を予測していたのか判断が微妙だが、両方だったのかもしれない。
■チリの地震は日本に地震を起こすか?
東日本大震災や阪神淡路大震災など、数多くの大地震を予測し的中してきた琉球大学名誉教授・木村政昭氏は、自身のホームページで、「2014年のチリ沖地震(M8.5)ー日本への影響は?Ver.2」と題してブログ記事を書いている。
http://kimuramasaaki.sakura.ne.jp/site2/2014/04/07/951/
木村氏は、今世紀に発生したM8.5以上の巨大地震を地図上にプロットしたところ、ある発見をした。それは、巨大地震が太平洋を反時計周りに循環して発生しているということだった。木村氏が挙げている例では、2009年にニュージーランド北方で起きたM8.1の地震の翌年に、2010年チリ地震(M8.5)が発生し、そのまた翌年の2011年3月には、東日本大震災が発生している。
このような過去の例からみると、チリ付近の大地震後1~6年後(平均すると4年後)に日本付近で巨大地震が発生しているのだ。つまり、この規則性からすると、2015年~2020年(平均値では2018年)に、日本で地震が起こる可能性があると、木村氏はブログに綴っている。
日本有数の予言者である松原照子氏の予言では「2017年に南海トラフ地震が起きる(筆者の解釈)」となるが、その場合、木村氏の予測範囲と重なるのである。もっとも木村氏は南海トラフ地震は当分起きないとしているが、「2012±5年」に伊豆小笠原諸島でM8.5の巨大地震を予測しており、これがちょうど今回のチリ地震に対応するものなのかもしれない。いずれにしても、大きな被害が伴う地震にならないことを祈りたいところだ。
■百瀬直也(ももせ・なおや)
超常現象研究家、地震前兆研究家、ライター、ブロガー。25年のソフトウエア開発歴を生かしIT技術やデータ重視の調査研究が得意。
関連記事
2014年のチリ沖地震(M8.5)ー日本への影響は?Ver.2
http://kimuramasaaki.sakura.ne.jp/site2/2014/04/07/951/
2014年4月7日 木村政昭ホームページ
神保哲生
2012年10月28日 00:01
最近よく「スポンサーの圧力」という言葉が乱れ飛んでいる。今やそのようなものがあること自体は、誰もが薄々知るところとなったが、それが具体的にどのようなもので、その圧力がどのような形で行使されているについてはは、意外と知られていない。実態を知らなければ、問題を解消することができない。そこで今回は、スポンサー圧力なるものの実態に光を当ててみたい。
原発事故の後、マスメディアによる事故の報道がおかしいことに多くの人が気づいた。マスメディアはあれだけの大事故が起きた後も安全神話に依拠した報道を続け、後に御用学者と呼ばれるようになった原発安全論者や原発推進論者を起用し続けた。
また、原発報道に関しては、事故前の報道にも大きな問題があることも、われわれは後に痛いほど知ることとなった。安全神話は言うに及ばず、まったく現実味のない核燃料サイクル事業に兆円単位の税金を注ぎ込んでいた事実、電力会社社員の保養所維持費や広告宣伝費、御用学者を飼い慣らすための大学への寄付金まで電気料金として徴収することが認められていた総括原価方式と呼ばれる料金方式等々、なぜわれわれはこんなことも知らなかっただろうか。不思議なほど原発を巡る腐敗や癒着構造について、メディアは報じてこなかったことが明らかになった。
原発に関する重要な事実が報じられてこなかった背景には、それが国策であったことや記者クラブ制度と報道機関内部の縄張り争いなど多くの要素がある。しかし、その中でもスポンサー圧力の問題は大きな比重を占めていた。何せ東京電力一社だけで年間260億円、電事連加盟10社で合わせて1000億円が、広告宣伝費として使われてきたのだ。そのすべてを一般消費者が電気料金として負担していたのかと思うと腹立たしい限りだが、そのスポンサーとしてのメディアに対する影響力は群を抜いていた。
大半のマスメディアが広告宣伝費に依存した経営を行っている以上、この1000億円のパワーは、あらゆる批判や抵抗を無力化して余りあるだけの威力を持つ。
そして、そのエージェント(代理人)として、スポンサーに成り代わって実際にその影響力を行使しているのが電通を始めとする広告代理店である。
博報堂に17年間勤務した経験を持つ本間龍氏は、特に業界最大手の電通がクライアント(広告主)の意向を体現するためにいかにメディアに圧力をかけていくかを、実例をあげながら具体的に証言する。それは氏自身もかつて博報堂でやっていたことでもあった。
本間氏によると、マスメディア業界は電通の支配力が圧倒的で、特にテレビ、とりわけ地方局は電通なしにはやっていけない状態にある。そのため、放送局の営業は電通の担当者からの「要請」は聞かざるを得ない。その関係を利用して、電通の営業マンは自分のクライアントにとって不利益となる情報や報道が出ないように、常にメディアと連絡を密に取り合い、必要に応じて報道に介入できる体制を取っていると本間氏は言う。つまり広告代理店、とりわけ電通の仕事の大きな部分は、単にCMを制作したり、広告主を見つけてくることではなく、広告主を「代理」して広告主の意向をメディアに伝えそれを体現することにあると言うのだ。
実際、電通1社で4媒体(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)の広告市場のシェアは5割に及ぶ。博報堂を合わせて2社で7割を超えるという異常な業界だ。
本間氏は、広告主や広告代理店がメディアの報道内容に圧力をかけることが違法になっている国も多いと指摘する。また、通常は利害衝突や情報漏れを避けるために一業種一社ルール(広告代理店は一つの業界で1社しか代理できない)が徹底されているため、電通のようなガリバー代理店は生まれにくいという。その制度があれば、他に代わりのスポンサーを見つけてくることが容易になるので、メディア側も「報道内容に注文をつけるならスポンサーを降りて貰って結構だ」と圧力を突っぱねることができる。ベンツが文句を言うのなら、他の代理店を使ってアウディなりBMWなりを代わりのスポンサーに入れることができるということだ。しかし、力が極度に電通に集中している日本では、あくまで喩えだが「ベンツもアウディのBMWもすべて電通」といった状態にあるため、それがほとんど不可能に近いのだと本間氏は言う。
また、メディア側にも大いに問題がある。報道内容への代理店やスポンサーの介入を許している背景には、報道機関の中の報道部門と営業部門のズブズブの関係がある。スポンサーがメディアに介入するためには事前に報道内容を知る必要があるが、本来、報道前に報道内容を営業部門が知っていることはあってはならないことのはずだ。また、もし事前に報道内容を知らされているのであれば、営業部門はそれが報道されるまでは守秘義務に縛られていなければならない。これはインサイダー取引にもつながる重要な問題で、事前に報道内容を知り金融商品の取引をすると法に触れるが、報道前情報が代理店やスポンサーには筒抜けというのは明らかに報道倫理上問題がある。
要するに、代理店側は政治的な理念やら社会的な責務だのはほとんど全く考えることなく、単に億円単位で広告費を払ってくれるスポンサーの意向に忠実に動いているだけだし、メディア側はスポンサー圧力を受けにくいような工夫や努力を十分していないために、現在のような「スポンサー圧力はあって当たり前」の状態が続いているのだと本間氏は言う。
ずいぶん馬鹿馬鹿しい話だ。一業種一社という利益相反を避けるためには当然あって然るべきルールがあれば、電通のみにこれだけ力が集中することもなく、よって特定のスポンサーの意向(とそれを代言する電通の力)で報道内容が歪められるリスクは大幅に低減する。更に、メディアの側も、これまた当たり前すぎるくらい当たり前な「報道前情報に関する報道部門と他の部門間の壁」をしっかりと設ければ、少なくとも報道内容が報道前にスポンサーや代理店から介入されるリスクは回避できる。そうしたごくごく当たり前のことが行われていないために、日本は今もって「メディアへのスポンサー圧力があって当たり前の国」に成り下がっているというのだ。
しかし、そこでもまたメディア問題特有の「カギのかかった箱の中のカギ」問題が顔を覗かせる。そうした問題をメディアが報じることはほとんどないため、そもそもそのような問題が生じていることを一般社会は具体的にはほとんど知らない。知らされていないから、政治家や官僚も世論を後押しに制度変更を主張することができない。世論の理解ないところで、あえて電通やメディアを敵に回すような発言をする政治家や官僚、言論人がほとんどいない理由は、今更説明の必要もないだろう。記者クラブ問題やクロスオーナシップ問題、再版問題などと根っこは同じだ。実際、共産党議員などによって、独禁法との絡みで電通の一極集中問題が国会で取り上げられたことはあったが、いつの間にか立ち消えになっている。
こうなってくるとなんだか身も蓋もない話に見えるが、このような「終わっている」状況にもようやく変化の兆しが見える。インターネットの普及によって、新聞、テレビ対する抜群の支配力を誇っていた電通の力が相対的に落ちてきていると本間氏は言う。電通が新聞やテレビ報道を押さえ込んでも、ネット上に情報が出回ってしまい、マスメディアの報道を押さえたことが、かえって逆効果になるような事態も頻繁に起きている。そもそも戦前から活字媒体に強みをもっていた博報堂は、テレビ時代に乗り遅れて、その波に乗った電通の後塵を拝することとなったという。テレビ時代の支配者電通の権勢は、ネット時代にどう変わっていくのか。 自ら博報堂の営業マンとしてスポンサーの「代理」をしてきた本間氏と、スポンサー圧力によって報道が歪められる舞台裏を、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
<ゲスト プロフィール>
本間 龍(ほんま りゅう)著述家
1962年東京都生まれ。85年獨協大学法学部卒業。ぺんてる勤務を経て89年博報堂入社。2006年退職。06年詐欺罪で有罪判決を受け栃木県黒羽刑務所に1年間服役。07年より現職。著書に「「懲役」を知っていますか?」、「電通と原発報道」など。
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